海外と日本のハラスメント事情 ~ハラスメントの種類、裁判・賠償金などの違いとは~

目次

就業者の5人に1人が、身体的、心理的、性的を問わず、職場でのハラスメントを経験していると言われています。日本でも、パワハラやセクハラ、マタハラなどの各種ハラスメント問題は根深く、メディアで取り上げられる機会も多いものです。海外ではハラスメント裁判によって多額の賠償を命じられるケースがありますが、ハラスメントが発生した場合、企業はどのような影響を受けるのでしょうか。

1.海外と日本のハラスメントの実態

ハラスメントとは、ある個人またはグループが、他の個人またはグループに対して嫌がらせ的な行動、言葉、または態度を意図的に行うことで、相手に不快感や苦痛、または不利益をもたらす行為のことです。ハラスメントは加害側に意図がなかったとしても、受けた相手が嫌だ、不快だと感じればハラスメントに該当します。

 

2020年に行われた、厚生労働省委託事業「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、日本でのハラスメント事案はパワハラが最も多く、次いでセクハラ、妊娠・出産・育児休業等・介護休業等ハラスメントの順でした。海外でもハラスメントは存在しています。海外のハラスメント事情は、国や地域によって異なりますが、セクシャル・ハラスメント(性的ないやがらせ)や暴力行為や精神的な苦痛を与えるパワーハラスメント、レイシャルハラスメント(人種や国籍を理由にした差別やいやがらせ)などがあります。国際機関もハラスメントの存在を重く考えており、ハラスメントをなくすためのさまざまな取り組みを行っています。

 

2.海外のハラスメント訴訟と賠償額

ここでは、訴訟大国であるアメリカで過去に発生した、ハラスメント訴訟の事例と賠償額を見てみましょう。

●北米トヨタ自動車のセクハラ訴訟、約212億円の損害賠償請求

2006年、北米トヨタ自動車で社長秘書を務めていた日本人女性が、当時の同社社長からセクシャル・ハラスメントを受けたとして、北米トヨタと同社長を相手取り総額1億9000万ドル(約212億円)の損害賠償請求訴訟をニューヨーク州の裁判所で起こしました。原告は、ニューヨークで社長秘書として働いていたときにセクハラを受けたと主張。さらに、会社は当時原告が申し出た苦情に対処しなかったと主張していました。この訴訟を受けて社長は辞任、会社側と女性が和解しました。

●レッド・ロブスターのセクハラ訴訟、16万ドル(約2400万円)で和解

レッド・ロブスター・レストラン社は、2015年米国雇用機会均等委員会(EEOC)から提起されたセクハラ訴訟を解決するため、16万ドル(約2400万円)を支払い、相当額の衡平法上の救済措置を講じることを発表しました。

訴状によると、メリーランド州ソールズベリーにあるレッド・ロブスター・レストランの料理部長は、原告の3人に対し、股間を押し当てたり、体を触ったりするなどのセクシャル・ハラスメントを行なったといいます。また、このレストランの総支配人は、セクハラを止めるための迅速な行動を取らなかっただけでなく、女性従業員に対して下品かつ性的な発言をする習慣があったとのことです。

●ハリウッドの大物プロデューサーによる性的ハラスメント、和解金は約27億円

2017年にアメリカの映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによる多数の女性に向けたハラスメント事件は、和解金2500万ドル(約27億円)で合意。ワインスタインは性的暴行と性的ハラスメントの罪で有罪判決を受け服役中です。この事件は日本でも話題になった「#MeToo」運動の火付け役となり、性的ハラスメントと性的暴行に対する意識を高めました。この運動により、性的ハラスメントに関連する他の多くの告発が浮上し、社会的にも変化が起こりました。

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3.なぜ日本と海外の訴訟金額は大きく違うのか

前章において、海外のハラスメント訴訟における賠償金額に触れました。日本では高額セクハラ訴訟と言われる2014年のアデランスのセクハラ訴訟でも、賠償額は1300万円です。なぜ日本と海外では、ハラスメント訴訟時に賠償金額の大きな差が発生するのでしょうか。その差異は法律、社会的な価値観などの要因に起因しています。

①法律の仕組みの違い

アメリカでは、不法行為を行った人や会社に対して、再度不法行為を行わないようにさせるために、懲罰的な観点から、企業の社会的影響、売り上げ規模などに合わせて制裁的に巨額の賠償を命じることができる賞罰的賠償制度というものがあります。

また、アメリカの法的プリセデント(「判例法(precedent)」とも呼ばれる)は、アメリカの法律体系において非常に重要な概念であり、法的問題や訴訟に対して大きな影響を与えます。これは、法律の条文だけでなく、過去の法廷判決が法律を構成する要素であるという原則です。過去の類似の訴訟において確立された法的プリセデントは、賠償金の大きさに影響を与えることがあります。

一方、日本の法的制度は、ハラスメントに対する法的枠組みが比較的新しいこと、懲罰的賠償金の概念が限定的であることから、賠償金の上限などはまだ整備途中です。近年、ハラスメントに対する意識の高まりと法的枠組みの整備が進行しているため、今後の変化も期待されます。

②文化と社会的背景の違い

基本的には、被害者はハラスメントにあったことを組織に相談する割合は3割前後で、7割の人は相談をしません。しかし、相談をしない理由はまったく違います。

日本は周囲との調和や一体感が重視される、集団主義的な文化であることが挙げられます。上下関係が重んじられ、集団・組織から排除されないように世間体を気にする文化では、上司や先輩に対して異議を唱えることがためらわれる、個人の苦しい心の内を誰かに漏らすことは、他の人々や集団・組織に対して負担をかけることであると考えられています。

また、我慢することが美徳であるという考えのために、問題を個別に解決しようとする傾向があることや、被害者や第三者がハラスメント被害を通報したとしても、通報したことの報復として、何らかの制裁を加えられることや人間関係に影響が及ぶことを恐れ、口をつぐんでしまうハラスメント被害者も多いのが現状です。このような文化的・社会的な背景から、個人の権利を主張することが難しく、ハラスメント被害者は通報をためらうため、ハラスメントが露見しにくいのです。

一方、海外では、特に欧米諸国は個人主義文化であり、個人の権利と尊厳が尊重されます。また、多民族、多文化の社会であるため、異なる文化やバックグラウンドを尊重し、多様性を重視する傾向があります。もしハラスメントにあったら、さっさと会社を辞めてしまいます。

ハラスメントは差別や排除の一形態であり、個人の権利を侵害する行為として捉えられるため、個人が自らを守る権利としてだけでなく、多様なバックグラウンドを持つ人々へのリスペクトという意味でも、ハラスメントに対して敏感に反応します。

また、欧米諸国では、オープンなコミュニケーションと意見の相違を尊重する文化です。自身が不快な状況にいるのであれば、積極的に異議を唱えます。ハラスメントに対する通報が奨励され、組織や社会が積極的に対処に動くのです。

4.ハラスメントに対する取り組みの必要性

ハラスメント訴訟が生じることは、会社にとっては大きなリスクです。たとえ1対1のハラスメントケースでも、企業名がでればブランドイメージのダウンや会社の信用と信頼を揺るがす事態を引き起こす問題となります。また、ハラスメントが発生した職場では職場環境や人間関係が悪化し、多くの従業員がモチベーションを保ち続けることが難しくなり、離職者が増加する傾向にあります。このように、ハラスメントは企業や従業員にとってマイナス要素しか生みださないのです。

①ハラスメントに対する日本の取り組み

パワハラは通称「パワハラ防止法」と呼ばれる「労働施策総合推進法」にて、事業主にパワハラ防止の措置を義務付けています。これは2020年6月に大企業を対象に施行、2年後の2022年4月からは中小企業と、段階的に施行され、現在に至ります。また、男女雇用機会均等法11条1項において、事業主(企業)のセクハラ防止措置義務、マタハラは男女雇用機会均等法第9条で『妊娠・出産を理由とする不利益取り扱いの禁止』が定められています

②ハラスメントに対する国際的な取り組み

海外では、ハラスメントに対抗すべく各国が法的な措置を定めています。また国際社会はさまざまな種類のハラスメントに関する意識向上と対策を推進しており、それに関連する取り組みがあります。以下はいくつかの国際的な取り組みや組織の例です。

国際労働機関(ILO)の取り組み

ILOは、労働環境下で発生するさまざまなハラスメントに対抗するためのガイドラインや国際的な労働基準を策定しています。セクシャル・ハラスメント以外のハラスメントに対するガイドラインも含まれており、国際的な法的枠組みや意識向上活動を通じて、人種差別、宗教的差別、性的指向や性自認に基づく差別など、さまざまな形態のハラスメントに対抗することを目的としています。

国連女性の地位委員会(UNCSW)の取り組み

UNCSWは、ジェンダー平等と女性の権利を推進する国際機関です。UNCSWは、性的ハラスメントを含むジェンダーベースの暴力に対抗するための国際的なガイドラインを策定し、各国に推奨事項を提供しています。

LGBTQ+権利団体

国際的なLGBTQ+権利団体や国際連合の機関は、性的指向や性自認に基づく差別に対抗するための国際的な取り組みを行っています。これには、性的指向や性自認に基づくハラスメントに対する法的保護や意識向上のための取り組みが含まれます。

#MeToo運動

#MeToo運動は、ソーシャルメディアを通じて世界中で拡散し、性的ハラスメントに対する国際的な意識向上を促進しました。この運動は多くの国で法的な変更や対策を推進し、被害者の声を聞き出す役割を果たしています。

このように、国際社会は差別やハラスメントに関する包括的なアプローチを推進し、全ての人々に平等な権利と尊厳を保障するための取り組みを行っています。

5.まとめ

ハラスメントは日本だけでなく、世界的な問題です。ILOによる共同調査によると、就業者の約23%が、身体的、心理的、性的を問わず、職場でのハラスメントを経験していると言われています。

日本では国民性や文化、社会的背景の違いからハラスメントが顕在化しにくいのに対し、海外ではハラスメントに敏感であり、ハラスメントに対して法律で厳しい規制が敷かれています。日本ではハラスメントにおける判決で、高額と言われるものでも1300万円の賠償額でした。しかしアメリカでは、過去のセクハラ裁判において49億円、212億円という日本のものとは比較にならないほどの超高額賠償が命じられたケースがあります。

国際社会では、ハラスメントを無くすべく、国際的な法的枠組みや意識向上活動を通じて、人種差別、宗教的差別、性的指向や性自認に基づく差別など、さまざまな形態のハラスメントに対抗しようと、各国際機関や団体が活動しています。

ハラスメントから従業員を守ることは会社組織の使命です。ハラスメントのない健全な労働環境を維持、保護することで従業員がイキイキと楽しく働くことができる。これが企業の成長につながるからです。

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